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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第19章 響箭の軍配 弐



隣で光秀を見守っていた凪が、小さく呟いた。それと同時、ぽつぽつと勢いを増し始めたそれが一気に大粒になると、ざあっという激しい音を立てて天から幾筋もの雫が降って落とされる。

(……ここで雨に降られたのは好機と見るべきか。ひとまず、これまでとしよう)

致命傷には至らぬ傷を敵へと刻みながら、躍起になって襲い来る敵兵を斬り伏せ、柄で後頭部を殴打しつつ地面に転がした光秀は、勢いを増して降る雨の雫を拭う事なく戦況を確認した。
敵小隊の数は半数程まで減っており、相変わらず統率の取れていない相手方はせめて光秀の首を獲ろうと向かって来る。

(おそらく信長様の本隊も今頃は撤退を開始している。この勢いの雨の中、後退しつつ戦う本隊を深追いするとは考え難い)

本隊が撤退しているだろう事を予測した光秀は、突っ込んで来た兵の刃を躱し、そのまま勢いを殺す事の出来ないでいる敵兵の肩を鋭く斬り付けた。
やがて傍で戦う九兵衛へ視線を向ければ、彼は心得たとばかりに頷き、声を張り上げる。

「撤退!撤退しろ!!」

九兵衛の号令により、遠くで戦う自軍に聞こえるよう数人の兵が声を上げた。その瞬間、敵の小隊もじりじりと距離を開け、様子を見ながら後退して行く。形勢としては、将を獲られていない光秀軍の方が圧倒的有利である。隊長を討たれた敵小隊は指揮を執る者がなく、もはや烏合の衆と化している状況で手ぬるく撤退する意味などあまりないように思えた。

「撤退?何故…!?」
「光秀様の事だ、何かお考えあっての事だろう」

自軍に広がる動揺を打ち消すかの如く、光秀が声を張る。

「撤退だ、武器を引け。……戻って諸兄らの将へ伝えるといい。我々は、織田軍の化け狐率いる奇襲部隊を奮戦し追い込み、見事引き上げさせた、とな」

降りしきる強い雨の中、流れる雫を拭う事すらせずに金色の眼を眇めた光秀は、悔しさの欠片も見せぬ、あまりにも涼しい顔で敵を持ち上げるかの如く告げ、口元へ三日月の形の笑みを刻む。ざあっと雫が地に打ち付けられる音の中であっても、良く通るしっとりとした低音の中に潜められた慇懃さに気付いたのは、光秀をよく知る部下達と光忠、そして凪だけであった。

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