第19章 響箭の軍配 弐
銃口が火を吹き、硝煙が立ち上る。光秀が発砲したのとほぼ同時、真横からこめかみを撃ち抜いた光忠が、眉間への正確過ぎる一射に目を瞠り、射撃角度から撃ち方を確認した。
凪は二つの銃声と共に突如背後の拘束が解かれた事へ驚き、目を見開きながら顔を上げる。そうして距離を開けた視線の先、銃の構えを解いた光秀が真っ直ぐに馬上から自らを見ていた事に気付き、拳を握り締めた。風に乗って流れて来たのは光忠が発砲した事による硝煙の香りか、あるいは。
強めに吹き出した風がすぐに血と硝煙の匂いを押し流す中、凪は咄嗟に背後を振り返る。おそらく痛みすら感じる事なく事切れたのだろう、敵兵が目を見開いたまま、ゆっくりと後方へ倒れて行くのを見たと同時、ぴしゃりと眉間から溢れた赤い液体が彼女の頬に跳ねた。
「…あ、」
敵兵の手から小刀が落ち、凪が数歩後退る。頬の血を拭う事も忘れ、見開いた己の目に映り込んだ男の事切れた最期の顔を焼き付けた凪が、震えた唇から言葉にならない音を漏らした。
「凪、後方へ下がれ!」
呆然としたまま動けないでいる凪を叱咤するかの如く、光忠の鋭い声が彼女を呼ぶ。それによって我に返った凪が身を振り向かせた瞬間、医療小隊へ近付いて来ていた敵の奇襲小隊があと十数メールのところまで迫るのを捉えた。しかし、それ等の敵から医療小隊を守るかの如く、凪から離れた位置で真白が翻る。
真っ直ぐに向かっていた敵奇襲部隊の真横から、さながら雪崩の如く突っ込んで来たのは、先程凪を拘束から解き放った光秀の鉄砲足軽混合部隊だった。
敵の視界からまるで背後の者達を隠すように、すぐさま隊列を組み直した部隊の中で、鉄砲部隊甲が前列で片膝をつく。
「第一射、構え」
隊列が組まれたその最後方、列の中心で馬上のまま朗々と響き渡る声で指示を発した男の姿を、凪の目が真っ直ぐに捉えた。自らの銃を腰に下げ、八瀬から渡された別の銃を手にしたまま、ある程度距離を引きつけたところで、鋭い声が飛ぶ。
「撃て!」