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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第19章 響箭の軍配 弐



「俺が担ぐ…!」

板に転がされていた重傷者を両腕で一人ずつ担ぎ上げた五郎の肩越しで、ぐえっと潰れたような声が響いたのはいっそ聞かなかった事にし、小隊は撤退の準備を進めた。勢いをつけてこちらへ向かって来るのは、敵本隊から離れた小隊で、信長の本隊を迂回する形で向かって来ていた一団である。
すぐさま立ち上がった凪の元へ駆け寄り、彼女の手首を掴んで自らの方へ引き寄せた光忠の視界の端、軽傷として座り込んでいた筈であった二人の兵が、突如抜刀して襲って来た。

「ちっ…!間者か」

短い舌打ちと共にすぐさま身を翻して抜刀した光忠の、鋭い喉への一閃で一人の兵が後ろへゆっくりと倒れ伏す。凪を背へ庇うようにしてもう一人の顔面へ鋭い蹴りを見舞った後、衝撃により後方へ飛んでいった相手へ、懐から短銃を取り出せば、躊躇いなく引き金を引いた。パァン、と硝煙と共に銃口が火を吹き、鋭い弾丸が男の眉間を的確に撃ち抜く。
倒れゆくその姿がゆっくりと地に沈む様を前に、初めて人が命を散らす様を目の当たりにした凪は、一瞬身動きを取る事も出来ずに立ち竦んだ。

覚悟をしていた筈だ。戦に携わると決まった時から、絶対にそういう場面を目の当たりにすると分かっていた。しかし、実際に鮮血を散らして倒れて行く人の姿を目にすると、つい身体が竦んでしまう。摂津では、凪の前で光秀は人を殺さなかった。故に、誰かの手で散らされた命を見るのは初めての事であり、敵であろうと味方であろうと、重さの変わらない一つの命が散った事実が現実として突き付けられる。

(受け止めるって、決めたじゃない)

何故なら、幾多の争いの中で流れた沢山の血により、凪達の時代があるのだ。何が悪で何が善かと決める事は容易では無い。それぞれがそれぞれの意思を持って戦い、ぶつかり合うこの時代の先に、争いのない日ノ本がやって来る。平和だと告げた自分の言葉を耳にして、嬉しそうに光秀が微笑んだ世がやって来るのだから。

両の拳を固く握った凪が足を怪我した兵を支えようと踏み出した瞬間、もう一人潜んでいたらしい怪我人に扮した間者が凪の身体を後ろから拘束し、手にした短刀を喉元へ突き付けて、彼女の口元を覆う手拭いを引き下げ囁いた。

「お前があの御方が仰っていた女だな…!」

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