第8章 大切で残酷な暖かい過去
深夜の公園にブランコの揺れる音とユリスの脚音だけが響く。
ユリスが少女の前に立ち止まっても幼い顔が上げられる事はなく、じっと地面を見詰めている。その代わりに小型魔獣が少女を守ろうとユリスを威嚇する
ユリス
「こんな遅くに子供が1人なんて、危ないな」
それを気にせず彼が声を掛けるとブランコを揺らすのを止めたが、少女の視線は地面から動かない
「……」
ユリス
「ん?聞こえないのか?」
「……」
ユリス
「お嬢ちゃん家は?送って行ってやるよ」
「……帰りたくない」
やっと返ってきた声は細く、感情も抑揚もなかった
ユリス
「帰りたくない?そりゃ女性に言われたらテンションが上がる言葉だが、お嬢ちゃんに言われてもな。おい、どうし…って、なんだその痣」
帰りたくない理由を問おうとユリスがしゃがむと旋毛と後頭部しか見えていなかった少女の姿が良く見えるようになった。
淡い光の中でも分かる金の髪は少し乱れ、ワンピースから覗く白い脚には幾つもの痣と裸足の指は寒さで赤い。
ユリスが視線を滑らせ少女の顔を見ると、幼い顔にも痣があり唇は僅かに切れていた
「……」
ユリス
「訳ありか。どれ、俺が治してやる。…リディープル」
少女の前に手を出して呪文を唱えると幼い身体を覆っていた痣や傷は、最初から無かったように綺麗になった。
それを見た少女は何度も瞬きをして
「……おじさん、魔法使えるの…?」
ユリス
「おじ!?…まだ18だぞ。お兄さんって呼べ」
「…お兄さん、魔法使えるの?」
ユリス
「使えるよ」
「叩かれる?」
ユリス
「は?…たく、主語無さすぎ。何で魔法使えたら叩かれるんだよ。お前は叩かれるのか?」
「…うん。だから、帰りたくない。ここで寝る」
感情が読めない少女は何かを諦めた様な濁った瞳をしていて、ユリスはそれがどこか自分と重なって見えた
ユリス
「流石にここで寝るなよ。俺の家で良かったら来な。けど、住ませはしんぞ?今日はお泊まり。家には帰れ」
「……」
ユリス
「はぁ…また遊びにきて良いから」
「……分かった」
表情は読めないものの何となくユリスが家に来いと言った瞬間、安堵した様に見えたが次の言葉でまた絶望へと落としてしまったとユリスは思い、気が付けばそう声を掛けていた
そこで出会った少女が─…