第8章 繋ぐバトン
「確かに敬語は取れてるけど、私自身あのほんわかした仮面ばかり被ってきたから、あの状態でも割と素で話してたりする時もあるよ。千空と話す時は変に語尾伸ばしたりすると邪魔くさいし、時間短縮でやってるだけ」
「へえ?」
……普通に事実を並べたが、離してくれない。
「ねえ、葵。」「…??何、羽京君」
「その羽京『君』って言うの、やめよっか」
視界が急に明るくなる。羽京君が手を離したのだ。……眩しい。目を細めつつ、なんで?と振り返った。
「君は平等に男性には君付け、女性はちゃん付けしてるからね」ああでも、氷月だけはしてないか、あははと羽京君が笑う。
……なるほど、恋人ならではの『特別扱い』かあ。
仕方がない。少し恥ずかしいが、ボソリと口に出す。
「……う、…羽京…」「?何、お嫁さん」
「その呼び方はやめて~~」ひーんと涙目になる葵。
「あはは、君は直ぐに恥ずかしがるね?…でも、今後は呼び方は頑張って変えて欲しいな」
あ、これ頷かないと解放して貰えないやつ。下手したら目隠しどころか目の前の湖に落とされそうだ。
「はい……今後は能うる限り尽力致します……」
「ふふ、葵はいつも謝罪文が社会人じみてるね?」
「大学時代、学生塾の事務とか家庭教師とかのバイトしてたんですよ。そういう経験も曲に生きるかと思って。実際、教師って物事を人に分かりやすく説明するお仕事ですし。
私たち芸術家と呼ばれる類いの人間も自分の中の、自分にしかない世界観を人に伝える、って点ではそういう技術が要る、と私は思うので必要な経験だったかな~」
割とこういう所はしっかりしてて抜け目が無い。彼女は歌に魂をかけるだけあって、この手の自身の能力の研磨には余念が無いのだ。
「なるほどね…保護者の人とか相手にしてたの?」「そうですね~。塾に来る保護者さん、大抵母親の方ばっかりで…。女性の方が共感できるでしょ、とかって塾長に言われて放り投げられてました~」
最悪でした~社会の闇ー!ブラックー!!と叫ぶ葵。
ーー若い子、と千空や司達を呼んで先導しようとするのも、その頃に面倒を見てきた名残りなのかもしれない。ふと羽京は思った。
苦笑いする羽京に「羽京君、もしかして他人事だと思ってます?」
「思っては無いし、大変だと思うけど…呼び方変わってないよ」「あ」