第5章 二人の天才
自分が『撒き餌』である以上、恐らく殺される事も無い。葵は司帝国のメンツの中では信頼出来る方だしな…と、気軽に飲んだ。
「んめーー!!」「それは良かったです」微笑む葵。
「なあ……さっきの歌って」
「ああ、昨日聞きたいと仰ってたので」
覚えててくれたのか、と思いつつクロムは問う。
「なあ……アンタ、ここに居づらく無いか?」
「…え」
目を少し見開いた葵に、クロムがしまった、思わず聞いてしまった、と思うが時既に遅し。驚きはしたものの、すっと目線を下げ伏せ目がちになりながら彼女は寂しげにぽつぽつと話した。
「少し愚痴の様なものを零しますと…。まあ、居づらくはありますね」
皆さん悪い人ではありませんが…と苦笑いする。髪の毛も目の色も全く似ていないものの、その醸し出す儚げでか弱く、優しさに満ちた雰囲気に、思わず石神村に居る筈の『ルリ』が脳裏に浮かんだ。
彼女は、大丈夫だろうか。そう思いつつ、目の前の女性に声をかける。
「そうか……葵だけ、どう見ても毛色が違うもんな」
そうですね、と少し我慢する様に苦笑する姿も、どこかルリを彷彿とさせる。
「今でこそ、まだ何とかやれてはいますが……復活した頃は、司君に『選ばれた』人じゃないって理由で色々な目にあいまして。……ここは武力至上の国ですし、仕方がないとは思いますが」
その色々、に口に出来ない様な事も含まれているのだろう。
何かしてやれないかとも思ったが、今の自身ではどうにもならない。
「なあ、……葵は、欲しいものとか無いのかよ」
「欲しいもの…ですか」葵が俯いて思案する。
「平和、ですかね」「え……」「あまり人が血を流したりとかは……見たくありませんので」
そう言うと、少し悲しげに笑ってみせた。
『戦争はしたくないーー』
科学王国との戦争の事は、既に耳に入っているはずだ。四天王と呼ばれる立場上、噂話はよく来ると本人も言っていた。
なのに、それに反する様な望みーー
じゃあ私はそろそろ、と言って立ち去る葵の姿を、クロムは牢屋の中から見守った。