第4章 抱擁
「悟くんももうそんな年かぁ」
「五条家の術式相伝は君にかかってるから頼んだよ」
「ご先祖さまも喜ばれるだろう」
すぐ近くで笑い声や祝福の声が広がっていて、それが少しずつどこか遠くで聞こえてるような感覚になっていく。現実から逃げるみたいに。
「ちょっと! ぼーっとしてないでこれも下げて」
年配の女性にグラスを5つお盆に乗せられた。ただでさえ、不安定なのに手が震えてまともに持てない。「邪魔」という声が聞こえて後ろからドンッと背中を押された。身体がぐらついて前のめりに転びそうになる。
お盆が! グラスが! あっ……
「何やってんだよ」
つんのめる寸前に、サッとお盆を取り上げて悟くんが片手であたしの帯の部分を支えた。お腹と腰のあたりにジーンと悟くんの手の熱が伝わる。
「ご、めん」
悟くんの言葉で我に返るとようやく足が動くようになった。お盆をもらいさっと客間を後にする。今もまだ動悸がひどい。
婚約者という言葉、そして、悟くんに触れられた部分の熱が勝手に体を支配する。あたしはふらふら蛇行しながらなんとか足を厨房へと向けた。