第4章 抱擁
「年々綺麗になるわねぇ」
奥様のお美しいソプラノが、鏡に映ったあたしに向かって優しく響く。あたしは今年も奥様の部屋に呼ばれて着付けをしていただく。毎年違う柄なのだが今回着せていただいたのは優しいクリーム地に雲取りが豪華に描かれた絽のお着物。薄物で涼しくて夏にぴったりの正装だ。
いつもポニーテールしてる髪を解かれ、結い髪にセットした髪に、黒漆に白鶴と金鶴が絵付けされたバチ型のかんざしをそっと添えられた。首筋が涼しい。
奥様は、何度か感嘆の声を出されて、最後にその細い薬指であたしの唇に薄く紅をすっとひかれた。
あたしじゃないみたい。
姿見に映る自分はまるでどこぞやの名家に生まれたお嬢様だ。思わず背筋がシュッと伸びる。自惚れてるつもりはないし、現実はそうじゃないことももちろん知っているけれど、女の子はこういう自分じゃない自分に一瞬でもいいから成り変わってみたい憧れってあるよね。
奥様も毎回それを楽しんでいらっしゃるようで、「男の子はつまんないわ」と仰って、まるでお人形遊びをするかのようにあたしをいろいろ着飾ってらっしゃる。今年は輪をかけてそれを楽しんでらして、予定の時間を大幅に過ぎてしまい、慌てて奥様と五条の本屋敷の玄関へと向かった。