第10章 別れ
途方に暮れて仏間を後にする。呪力を一度に使いすぎて疲れも出た。けど、悲しみや失望、愛の感情っていうのは負の感情も生みやすい。しばらくするとまた体内に呪力が巡りだす。
少し歩き出すとお母様の声音の波形を感じる。どこかの部屋で休憩してるみたいだ。
「お母様」
その名を呼びたくなる。子供みたいに甘えたくなる。まだ五条家に慣れない時、学校やお屋敷の中で辛いことがあるとこうやってよくお母様を探した。
お母様はいつも決まった場所にいるわけじゃないからこの広いお屋敷の中をぐるぐる探してまわって。
今やってる術式みたいにお母様を探せればいいのになぁなんてよく思ってた。見つけても、お屋敷のお仕事があるからいつも構ってもらえるわけじゃないけど、少しの間、背中にしがみついてぎゅってしてると安心した。
なんだか今、無性にお母様の背中にしがみつきたい。術式を頼りにお母様の声の方に向かうと、使用人の休憩室にたどり着いた。そっと部屋を開けてみると、お母様以外に2名の女性使用人が座布団に座って葛餅を食べている。お母様と同年代の方達だ。
「あら? 珍しい」
そのうちの1人に声をかけられ、こんにちはと軽く会釈する。
「ちっちゃかったのに今や呪術師なんだよね。かっこいい! ヒュー! お着物も綺麗だったわー。作ったんだって? なぎちゃんはもう私達のアイドル!」
「いえ……そんな事ないです。ただの使用人の娘です。たまたま夢のような時間が人生の中の数年起きたっていうだけで」
「どうしたの? なんかいつものなぎちゃんと違うけど」
「夕凪」
お母様がちらとこちらを見た。
「なんでもない。休憩中ごめん」
「坊ちゃまからのお土産のお菓子をいただいてるの。夕凪も食べない? 確かまだ余ってたはず」
「いい、ありがと」
お母様に甘えたかったけど、あたしはもう5歳や6歳の子供じゃない。抱き着くなんて恥ずかしいこと出来ない。踵を返してそのまま休憩室を出る。襖を閉めようと後ろを向くとお母様がそこに立っていた。