第6章 キスの味
しかも風に乗って遠くから高専に届くくらいの量。相当な威力だ。こんな化け物が敵ならあたしも即死だと思う。家入先輩があたしの横に立った。情報を収集してきたって。
「……尊、落ち着けよ、致死量に近い大量の五条の血痕が高専内で見つかったらしい。ただ本人の姿がそこにはなくて……」
お母様の言葉を思い出した。お父様も命を落とした時、骨も何も残っていなかったと。
……。
その場に座り込もうとしたけど、あたしは踏ん張って立った。これがあたしの選んだ道だ。
悟くんならほら立てよってきっと言ってる。涙はもう枯れ尽くすほどに流れて、ただぼーっと遠くを見ていた。ぼーっと、ぼーっと遠くを見ていたら……幻覚が見えた。
制服がボロボロで、たくさん流血したような血の跡が見えるけど、歩いてる人の幻覚。血だらけなのに怪我らしい怪我もなく、死んだと聞かされた人がしっかり真っ直ぐ歩いてる。
ずっと長年、見てきた人。
その人は夏油先輩と一緒にどんどんこちらに近づいて来る。今まで見た事がないくらいひどく疲れた様子で。そして、あたしの目の前まで歩いて来て、そこで止まった。
「夕凪」
大好きな人の声。ゆっくり見上げる。
「さと、るくん……な、の?」
「傑から聞いたかもしんねーけど、任務に失敗した。敵に手こずって予定より戻るのが遅くなった」
「生きてる、の?」
亡霊だと思った。悟くんの亡霊。あたしが「悟くん、悟くん」って呼んだから、旅立つ前に最後に来てくれたんだって。
亡霊でもいいから触れたい、悟くんを感じたい、そう思った。手を伸ばし、悟くんの頬に触れる。顔に血が付いてる。
亡霊なのにあたしの手から伝わってくるのはあたしの体温と変わらないあたたかみ。