第9章 花散し
ふとこちらを向いて、俺しか見たことのない憂いた表情で
扇子を払い、火の粉を飛ばす。
久方ぶりに大きく波打つ鼓動
その心には、俺がまだ糧となって存在するのだろうか…
_____はて…
__それは、恋を超えたものではなかろうか…。
天を仰ぎ、舞の終わりにすべてを捧げようとするその姿は、鮮烈に脳裏に焼き付く。
神に捧げられた祈りであり、
彼女の人柄の写し鏡だ。
存在しえないと思っていたものを肯定しなければならない奇跡の舞。
白地に火の粉のような金の刺繍が冷気を伴う風に揺れる。
もうすぐ、雪が降る。
しかし、演舞が終わると、割れんばかりの拍手が空気を温めた。
彼女を称え見送るように…。
番傘をさし、ハットを目深く被ると、観衆の流れに逆らって関係者席に進む。
神酒として飾り付けられた樽が並び、そこに見覚えのある後ろ姿を見つけて近寄った。
鬼狩りの気配もする。
騒ぎを起こさぬよう観衆に溶け込むように息を殺す。
背の高いハイカラな男が鶴之丞に近づく。
丸いサングラスは暗闇でなお、目元はうかがい知れない。
ただの通行人に見えたが、その立ち姿には、鶴之丞だけが感じる異質な圧力があった。
雪がハラハラと舞い、辺りは異常なまでの冷気を伴う。
こちらに向かってくる男は鶴之丞の傍で歩みを止め、その耳元に、世間話をするような穏やかな言葉で話しかける。
更に背筋が凍るほどに冷えた風が耳を掠る。
「――素晴らしい舞でありましたな」
鶴之丞はびくりと大きく肩を震わせた。
その反応を見た男は、鶴之丞にだけ冷たい笑みを含んで殺気を向ける。
「あれほどの華を、粗末に扱うべきではない。
もし、それが穢れるようなことがあれば…」
殺意がさらに色濃くなり、向けられた冷たい笑みに大きく目を見開いた。
「______その代償は命一つでは足りますまい…」
鶴之丞は、息をすることすら忘れ、ただ硬直した。男の声は、過去の記憶の中で、血の匂いと共に響いた悍ましい笑い声と重なった。
男が雑踏に消えた後も、鶴之丞は動けなかった。全身が震え、胸の内で憎悪と恐怖が混ざり合い、とぐろを巻く。
_____鬼…あれは…あの時の…!!