第9章 花散し
もはや人間が為せる業ではないその舞を
人々は息をすることすら忘れてこころすら奪ってしまうようだった。
否
その奪った心すらも浄化し神に捧げるような舞。
まさに神の御業そのもの。
ここに居合わせた者のすべての穢れを清める聖なる儀式。
________あぁ…君らしい…。
インバネスコートを羽織る着流しを着た男が、人々のざわめきから離れた場所で、ただ一人、舞台を見つめていた。
男の瞳は、ガラス張りのショーケースを物珍しそうに見るような童のようでありながら、どこかひんやりした悍ましさが伴う。
________君の舞を見ていて…、その全てを理解できるのは
あの日君が泣きじゃくりながらも振り払ったこの手だけなんだ…
舞台に立つ彼女は、花で言えば桜にでも例えられるだろうか。
その桜という花は、一つの信念や志に花を咲かせて潔く散っていく様が素晴らしいというらしい。
目の前の四季が織りなす情景ならば、今にも降り始めそうな雪に例えられるだろうか…
目の前の彼女はかつて、その強い志と信念を心に咲かし、大切に守り抜くそんな娘だった。
今、その輝きは、以前よりも強く、気高く、そして、儚く燃え上がっていた。
舞台の上の華は、散り始める満開の桜のようでいて、脆く儚い。でも、自然の摂理の如く、今そこの領域に手を出してしまえば簡単にへし折ってしまうことなど安易に想像できてしまう。
だが、
________君も俺にとってもその心に宿した華は、
意味も立場もちがえど、大切にしたいものに他ならない。
目の前の舞巫女の金の扇子が
篝火の火の粉を纏い天に弧を投げかける。
天に向けた祈りは
決して彼女のためのものは含まれない。
どこまでも優しい君ならそうだろう。
観客や、自分と同じように苦しむ人々への慈悲の祈りを
無意識になっても舞えるほどに美しい華。
その原動力が今の生活ではないことも
ただ志一つで精いっぱい花を咲かせていることも
その舞一つ見てわかるほどに愛してきた。
いつぞや、二人で舞ったあの日を鮮明に思い出す。
全ての表情に心躍らされたのは
鬼という者を知りながらも心を許し
何も仮面など被らず、コロコロと表情を変えるのを見ていたから。