第38章 春を待つ
夜になると、再び琴音は義勇の部屋に来た。
義勇は点滴も外れ、ベッドの上で重ねた布団にもたれて上半身を起こしていた。
「点滴取っちゃったけど、どう?痛みが増すようなら痛み止め入れてあげるよ」
「いい」
「我慢せずに言うんだよ。座薬、いつでも入れてあげる」
「……お前は座薬が好きだな」
「即効性が高いから。あ、体も拭いてもらえたのね。よかったね。さっぱりしたかな。今年の汚れ、今年のうちにだもんね」
琴音は笑いながら義勇の診療記録に目を通している。会話をしながらなんとなく容態を探ってしまうのも、もはや職業病のようなものだろう。
「うん。数値もいいね」
「……?」
「ほぼ解毒できてる。失血の影響もだいぶ緩和されたね。あとは傷の回復かな」
義勇は時計を見た。
二時間くらいで夜が明ける。
「この部屋で共に…年を越せるのか?」
「ん?そうね。そのつもりだよ」
琴音がそう言うと、義勇からぱぁぁと喜びの光が射した。
「私が寝ちゃわなければ、だけど」
「…………」
それは大いにあり得ると義勇は思った。
よく見ると彼女の髪は少し濡れており、もう湯を使ってきたのだとわかる。寝る準備も万端だ。
「寝たら起こす。起こすが……お前はなかなか起きないからな……」
「そうなったら諦めて」
「まあ、仕方ない」
琴音はファイルを閉じると、ベッド脇の椅子に座った。義勇はじっと琴音を見つめる。
「隣に来い」
「え?」
義勇はそう言うと、よじよじとベッドの上で横にずれ、琴音が乗れる場所を開けた。
「隣」
「いやいや、それはちょっと」
「何故だ」
「駄目でしょ」
「別に、何もしない」
「あたりまえ!とにかく寝台は、駄目!」
義勇は少しムスッとした顔をした。
今日はよく表情筋が動くなあと琴音は思う。
「なら俺も椅子に座る」
「あなたは寝台にいてください。椅子はまだ体に負担がかかる」
「……それだと……お前に近付けない」
寂しそうな顔をする義勇に、琴音もなんだか意地悪をしている気持ちなる。
琴音はふぅと一息ついて椅子から立ち上がり、ベッドにそっと上った。
義勇の左隣に座る。
「少しの間だけよ?」
「ああ」
義勇は嬉しそうに微笑み、琴音の肩に頭を乗せた。