第38章 春を待つ
「…………処方してくれないのか?」
途端にしょんぼりとした顔をする義勇。
「あげないとは言ってないよ」
「…………」
「本当に甘えんぼさんねぇ」
「……ここに」
義勇はそう言って、上目遣いで琴音を見上げ、左手で自分の唇をちょんと指し示した。
琴音はその意味がわかって顔を赤くする。
普段、恥ずかしくて自分から接吻することの出来ない琴音。義勇を見ながら躊躇していた。
「なあ、琴音……」
琴音の戸惑いをわかりつつ、義勇のおねだりは止まらない。
彼女に向かってぐぐっと左手を伸ばした。
「口付け…したら、大人しくちゃんと寝る?」
「ああ」
「……わかった」
琴音はファイルを閉じて、義勇の側に近付いた。伸びていた義勇の左手を掴んでベッドに下ろす。
彼の枕元に手を置いて、顔を寄せる。
ベッドが彼女の重みでギシッと音を立てた。彼女の髪が前に落ちて影を作る。
「目ぇ閉じて」
琴音がそう言うと、義勇は素直に目を閉じた。
少し躊躇った後に、そっと合わさる唇。
それはぎこちない感じでちゅっと僅かに触れ、すぐに離れていった。
義勇が目を開けると、顔を真っ赤にした琴音が目を逸らしていた。
「……はい。ちゃんと安静にしててね」
「足りない」
「ぜっ、贅沢言わないの!」
「琴音」
「もう無理っ!!もう嫌っ!!」
ぷいとそっぽを向く琴音を見て、可愛いなぁと思う義勇。
「その薬、俺以外に処方するなよ」
「するわけないでしょ!!」
「頬や額も禁止だ」
「しないってば!!」
義勇は薄っすらと口角を上げた。
琴音が側にいて、自分だけの我儘にも応えてくれることが嬉しかった。
「ありがとう」
そう言って微笑む義勇は、まさに眉目秀麗。
彼のどこかピリピリとしていた雰囲気も薄くなり、とても穏やかな笑顔だった。