第18章 無垢なる贄と仮初の平穏と
その場にいる誰よりも早く渾が襲い掛かる。
「わぁ、ワンちゃん!」
その明るい声になずなは反応するのが遅れてしまった。
身体を強張らせるなずなの前を突進していった渾を白稚児はいとも容易く捕まえ、爪や牙で傷つけられるのもお構いなしに撫で回している。
その異様な光景になずなは動けない。
「モフモフ〜!暴れちゃダメよ?」
あんな細い腕なのに、渾が抜け出せない程の力で捕まえている。
渾の爪も牙も、特級呪霊を傷つけられるくらいに強力なはず。
実際に顔や腕を切り裂かれているのに白稚児はそれを意に介してない……というより、負傷が無かったことのように消えていく。
普通の呪霊が呪力で自身を治すのとは違う。
なんで、どうして……?
得体の知れない不気味さに恐怖が腹の底から湧き立ってくる。
満足したのか、渾を撫でる手を止めた白稚児は、今度は瞳孔を細めて舐めるように村人達を見て回り始めた。
「イケニエはだぁれ?……オマエ?それともオマエかなぁ?」
白稚児と目が合った村人達は怯え竦んでいる。
まずい……!
このままだと村の人達も戦いに巻き込まれる。
渾も捕まったまま。
とてもではないが、ここにいる全員を守りながら一級呪霊と戦うなんて無理だ。
呪霊をこちらに向かせなければ!
何か、呪霊の注意を引く方法……!
辺りを見て真っ先になずなの目に入ったのは赤々と燃える舞台。
……―生贄を火あぶりにする儀式―……
村人や生贄の子を呪霊から遠ざけるためにはこれしかない……!
なずなはあまり石が転がっていない場所に生贄の子を下ろし、少し距離を取ると真っ直ぐ白稚児を睨んだ。
「こっちだよ!!」
そう叫ぶと、鬼切の峰で石を叩く。
火花が散り、灯油がかかっている左腕はいとも容易く燃え上がった。
熱い!
痛い!!
でも、鬼切を放しさえしなければ、火傷を治し続けるから私自身が死ぬことはない。
歯を食いしばって左腕の灼熱と激痛に堪えながら、なずなは白稚児に鬼切を向けた。
お願い、伏黒くん、早く戻って来て……!