第18章 無垢なる贄と仮初の平穏と
伏黒が書庫で古文書を懸命に解読している最中、同じく解読を進めていたなずながふと呟いた。
「……あの子は自分が生贄になることに納得してるのかな?」
いや、そもそも自分が生贄となることに納得する人間なんているのだろうか?
その行為を他者からものすごく感謝され、自身も尊く思っているのなら、もしかしたらとも思う。
しかし、ベッドの上で生命維持装置に繋がれていたあの子供は自分の意思など関係なしに周りから祀り上げられただけのようにしか思えない。
村人にとっても都合が良すぎる。
声は出せても言葉は話せない。
手足が動かせないから文字も書けない。
もし納得していなかったとしても、その意思を伝える術を何も持っていないのだ。
悲痛な面持ちで眉を寄せるなずなに対して、伏黒は生贄という理不尽極まりないシステムとそれを当然のように受け入れている村人への怒りの方が勝っていた。
が、その感情は伏せてなずなを励ます。
「あんま気負うなよ。アイツが取り込まれる前に俺達が呪霊を祓えば助けられるんだから」
正直なところ、助けた後にあの子供の世話を村人がするかどうかは怪しいし、子供の家族も含めて村から迫害される可能性もあるが、そのことは敢えて口に出さないでおく。
伏黒の心中はともかく、その言葉を受け取ったなずなは固くなっていた表情を少しだけ緩めた。
「うん……ご、ごめんね、任務中なのにこんな弱気じゃダメだよね」
「そんなことねぇよ。オマエ、よく我慢して溜め込んじまうから、むしろ言ってくれた方がいい」
「っ!……ぁ、ありがとう……」
きゅうと胸が締めつけられ、顔に熱が集まってくる。
こんな時に嬉しがるなんていけない!
今は任務中なんだから……!
誤魔化そうと手元の書物に目を落とすが、鼓動はちっとも収まってくれなかった。