第16章 釘
「でもあさり買ってなかったよな? なんや下処理に時間かかるって」
『うん、でももう前に下処理しといたやつが冷凍庫にあったから、それでね。
侑くん、あさりにすごいかわいい反応してたし、パスタ食べたいって言ってたし』
「…やば、むっちゃ幸せ。 夢みたい」
腰に回されてた手が上の方に移動して、
より一層ぎゅーって抱きしめられる。
腕が抑えられて作業がしずらいどころじゃないけど、とてもかわいい。
『…ん、じゃあ作るからね。 そこの椅子にでも座って待ってて?
すぐできるようにするから、ね?』
首だけで振り向くと、
すぐそこに綺麗な侑くんの顔があって。
甘い顔だなぁって思う。
絶対に海外からのファンも増えていくだろうなって。
「…まじで。 好き」
『…ん、ありがとう』
ありがとう、と言い切るか言い切らないかのタイミングで、
ふわっと唇が重なった。
さっきまでの色気むんむんのそれとは違って軽いけど、
でも巧さのわかるソフトなキス。
「ここおったらあかんの?」
『あかんの。 危ないでしょ、
あとね、わたしまだ少しやらないといけないことがあるからさ、その、ご飯の後にね』
「…ほーか、わかった。 じゃあ目の前座ってみてるわ」
『うん、そこにいてね。 お利口さんだね』
お利口さんなんて、小さい子には使いたくない言葉だったりする。
つまり誰にも使いたくない言葉。
でも今日、侑くんに言われたそれは色っぽくって。
兵庫だけど京都みたいな。そんな、暗喩のようなものを含んだ、お利口さん。
だから侑くんには、使ってみたいと思った。
…でも今のは、ただの、お利口さんだ、暗喩も何もない。
まだまだ修行が足りないって思った。
「何考えてんの?」
『まだまだ侑くんには及ばないなって』
「意味わからん」
『いーだっ!』
「なんそれ!笑」
クスクスしたり、ケタケタしたり。
やっぱり侑くんとの時間は、楽しい。