第13章 新たな風
私が力説すると、及川さんはクスリと笑った
「だからそーゆーとこだよ」
「え?」
「俺が歩ちゃんを好きになったとこ」
「…」
「まだ全然本当の俺なんて見せてないのに、軽々と俺の本来の姿を見抜いてきて…それでいて全てを受け入れてくれたでしょ?俺は、ああ、この子の前なら本当の自分でいられる。歩ちゃんなら、ありのままの俺を好きになってくれるんじゃないかって思ったんだよね」
「及川さん…」
「だから…俺と一緒に来てくれない?」
「え、一緒…ってどこ…」
「もちろんアルゼンチンに、だけど」
アルゼンチンに…って、今朝バレーボール教室に誘われたぐらいのテンションで言われても…
でも及川さんの目は真剣で、ふざけてるわけじゃないってのは分かる
「アルゼンチンって…私言葉も日本語、どころか関西弁しか喋れへんし、高校も行ってるし」
へへへと苦笑いしながら答える
「本当は?」
「へ?」
「本当の理由は?」
そう言いながら及川さんはひどく穏やかな顔で微笑む
その表情を見て、嘘はつけなかった
「…ごめんなさい…私、及川さんとは行けません。多分スペイン語がペラペラやったとしても…」
「そっか…ハッキリ言ってくれてありがとう。じゃあさ…1つ教えてくれる?」
「…なんですか?」
「メガネ君とは?その後…付き合ったの?」
突如蛍の話になり、狼狽える
「えっと…はい」
「…そ。じゃあさ…もし…メガネ君が今外国に行くって言ったら?言葉も通じない、親も姉妹も友達もいないとこに」
蛍がもし外国に…
「行く…と思います。一緒に」
別に馬鹿正直に答える必要はなかったのかもしれん
それでも自分に気持ちを伝えてくれた及川さんには正直に答えたかった、それすらもエゴかもしれんけど…
「…そっか。それが歩ちゃんの気持ちなんだね」
及川さんは納得したように頷くと、ベンチから立ち上がった
「ありがと、そろそろ行こうか」
話してるうちにいつの間にか少し日が傾いてきていたことに気付く
「あ、はい」
私も立ち上がり、及川さんの斜め後ろを歩いてついていく
駅につけば及川さんとはお別れ
もしかすると二度と会わないのかもしれない
そう思うと、何か声を掛けなければ…けど…何て言うのが正しいのだろう