第15章 蓮華
悍ましい記憶。
わたしから正気と力を奪うようにこの鬼はいろいろな仕打ちを思い付くらしい。
意識の底で、否応なしにあの日のことを思い出させてくる。
まだ、わたしが何も知らなかった頃、鬼に襲われて、すべてを失ったあの日から続いていた身もだえるような地獄を。
わたしは、あの日よりも強くなったはずなのに何もできない。
ただ、されるがまま、絶望に震えることしかできなかった。
この鬼は、わたしに、もう一度、あの絶望を味わせようとしている。
わたしの体中に残る、癒えたはずの傷跡。それらを「穢れ」と罵りながら、清めると言いながら、その冷たい手が過去の痛みをなぞっていく。
「ふぅん。ずいぶんひどい目にあったようだね。でも、もう大丈夫だよ。俺が君を救ってあげるからね」
甘く、そして歪んだ声が
心を、針で刺すような言葉が
全身を這う氷のような手指が
手足を縛る縄の感触が
癒えたはずのトラウマを鮮烈に引き起こしてわたしの自由と尊厳をそぎ落としていく。
ここまでの仕打ちは全く予想してなかった。
この鬼の底知れない残虐性までは、全く予想していなかった。
わたしが浅はかだったのかもしれない。だが、この鬼を滅し、わたしたちの未来から永遠に遠ざけるには、この方法しかなかった。それ以外の策を、わたしは知らなかった。
でも、それ以外この鬼を滅してわたしたちから遠ざける策もあるわけもなかった。
狛治…ごめんなさい…
あなたが優しく上書きをして、忘れさせてくれていたのに…
お願い…
早く来て…
必ず生きる事だけを考えて、狛治が迎えに来てくださるのを信じて待つの。
そして、時間を稼ぐの。
準備が整うまでカナエさんには伝えられない。
みんなで生きて帰りたいから…。
けれど、これ以上の仕打ちをされたら、わたしは耐えられないかもしれない…
だから、お願い…
早く来て…
傷を見られた以上、
わたしの過去に何があったか知られた以上
何をされてもおかしくないことは解ってる。
事がいい流れでいい結果で終わるように願った。
今のわたしにできることは、
これしか思いつかない…。