第15章 蓮華
わたしは、清掃を装い、扉の前で時間をかけた。そして、微かに扉の隙間から漏れ出す、甘く、しかし腐敗したような匂いを嗅ぎ取った。それは、桜華さんの部屋から感じた、あの匂いだった。
翌々日のことだった。
わたしは、幹部たちが集まる部屋の近くを通りかかった。
彼らは、常に教祖である童磨に付き従い、彼の言葉を盲目的に信じている。彼らから、この教会の真実を聞き出すことはできない。
しかし、その部屋から漏れ出る、何かの気配に、私の足は止まった。
音を立てないように、わたしはゆっくりと襖の隙間から中を覗き込んだ。そこには、幹部たちが何かを記した書物を広げ、童磨が描かせたであろう美しい女性の肖像画を眺めていた。
「...あれは...」
わたしは、その肖像画に描かれた女性を見て、背筋が凍りつく感覚を感じた。
それは、まぎれもなく桜華さんの姿。
絵の中の桜華さんは、華美な浴衣を纏い、まるで神聖な仏像のように、安らかに微笑んでいる。だが、手首と足首には、飾りを纏わせるように縄が描かれていた。そして、その桜華さんに童磨が優しく寄り添う姿が、恍惚とした表情で描かれている。
わたしは、目を凝らし、書物の説明書きに目を移した。そこには、童磨の筆跡で、「生贄の浄化」「神聖なる禊」といった言葉が記されていた。
その時、幹部たちの話が耳に届いた。
「…教祖様のお喜びようは、尋常ではなかったな」
「ええ。やはり、あの女性は特別な方なのですね…」
「魂の救済…まさしく神の御業でございます。あのように穢れた魂を、清めることができるとは…」
「教祖様は、あのお方の体にある傷跡を、ひとつひとつなぞりながら、慈悲の言葉をかけられておりました。ああ、思い出すだけで心が満たされますな…」
わたしは、その言葉を聞くうちに、全身の血が凍り付いていくのを感じた。彼らは、童磨が桜華さんの体を触り、彼女の過去のトラウマを弄んだことを、まるで神聖な儀式のように語っている。
「…最も美しい供物…神への捧げもの…」
彼らの会話に、吐き気がこみ上げてきた。この教会は、人々の魂を救済する場所ではない。童磨の歪んだ狂気と、信徒たちの盲目的な信仰が、人々の心を蝕む、恐ろしい場所なのだ。
怒りが身を焼き尽くすほどに湧き上がる。