第9章 月詠の子守唄
喉から絞り出すように出した言葉に、先日倒れ魘されていた桜華の様子をカナエは思いかえす。
狛治から彼女の前世の話を聞かされて驚いたが、会った時より目付きも少々違うこと、時よりその表情が普通の女に戻る時に、脆く揺れるような瞳を会って間もないながらに見抜いていた。
「夢、何か見たのですか?」
「.....はい。まだ現実味がないのですが、兄がわたしが前世"日神楽家の創業者"であること、父と兄の本名をわたしに教えたのです。
それで感覚的に思い出したことがあります。」
「それは....?」
「恐らくわたしが生まれた生家は鬼殺隊にとっては重要な一族であり、または、非常に因縁深い恨まれるべき一族でもあるのかもしれません。当時、本来ならばはもう産屋敷家に関わってはいけない一族だったはず。
でも、今でもこうして400年も手を携えてきました。
元上弦の狛治を夫にしたにも関わらず、耀哉さまはわたしを咎めなかった....。」
「全ては、あなただからではないですか?」
一切の迷いなくそういってにっこり微笑むカナエの笑顔が暖かい風のように心の痛みを包みこんでいく。
「わたし?」
「だって、あなたは優しいから.....。」
そういって己を見るカナエの瞳が花の精のように美しく思った。
父も言っていた。"桜華は凪だ"という言葉が脳内で木霊する。
「ありがとう.....。カナエさん。」
優しいと言ってくれたこの美しい人に、見合うような笑顔が贈れているだろうか。
そんなことを思いながら、その柔らかい表情を見ているとふと、手を繋がれた。
驚いて目を見開くがカナエは楽しそうに笑っていた。
桜華は耀哉がなぜ5人に会わせたのか解った気がした。
昔からそう。頭がよく働いて言葉に出さないけど、こういう気づかいをしてくれるのは幼いころから変わらない。
「お時間ありましたら、お稽古つけてくださいね♪」
「勿論です。」
快く返事を返すと、カナエがその手を引いて突っ走る。一瞬驚いたものの楽しくなってそれに続いて走り出した。
「あ!カナエさん、桜華さん!」
雛鶴、まきを、須磨もそれに続いて走り出す。
「駅まで競走ー!」
「ええー!」
「置いてかないでー!」
5人の女たちの楽しそうな笑い声が秋晴れに照らされて穏やかに響いていた。