第9章 月詠の子守唄
「お姉ちゃん。」
慎吾が桜華に視線を向けたまま呼びかける。
「昨日の約束、絶対守るから、悲しい人たちを助けてね?」
”悲しい人たち”というのは、慎吾にしては鬼の事、鬼の被害にあう者たち全てを言っているのだと桜華は思った。
途端に、兄の言葉”父上を頼んだぞ”という声が脳内に蘇り、目頭が熱くなる。
この男児の前では泣くまいと奥歯を噛み締めて笑顔を作り、目線を合わせるようにしゃがんで、小さな両手を包んだ。
「えぇ。約束します。必ず.....、ね?」
慎吾はうんうんと頷いた。母親はそれを優しい眼差しで見ている。
「本当に、有難うございました。」
母親がそう切り出すと桜華はその手を離し立ち上がる。
深々と頭を下げる母親に「お大事に。お体ご自愛下さい。」
と声をかけた。
「どうかご無事で。ご武運、ご多幸を切にお祈りいたします。」
「有難うございます。」
藤の宿の女将にお清めの切り火をしてもらい、3人に見守られて藤の宿を出た。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、気を付けてね!!」
元気で優しい男児の明るい声に振り返り全員が手を振り返す。
「坊主!!ありがとな!!」
そう返す狛治の手にはしっかりと桜華の手を掴んでおり、周りに助けてもらう人の暖かさを強く感じていた。
横目でその様子を見る者は、普段ならば生暖かい目でみるような光景だが、事情を知っている皆は桜華の今の状態に心配していた心が少し晴れたように思った。
「いいガキだったな。気持ちはほぐれたか?」
宇随も朝の桜華の様子から何か感じ取り、今はそれが晴れているように見えてそう尋ねた。
「有難うございます。お陰様で。
御見苦しいところを申しわけございません。」
「いいってもんよ。姫さんも、今いろいろ大変なんだろ?」
「なんだ?姫って。」
厳めしい表情で狛治が割って入る。
自分の奥方に馴れ馴れしく姫呼ばわりする事の意味に変な対抗心を感じていた。
「いいとこのお嬢様なんだろ?だからってお嬢って同じ歳の女にはおかしいだろ?」
確かに、云わば元社長令嬢で今や当主であれば、そうとでもいうのかと無理やり頭の中に押し込めて、「なら、好きに呼べ」とぼやいたのだった。