第9章 月詠の子守唄
それから桜華は、高揚したままの気持ちで怒ったような表情が崩せなかった。
その様子を見た狛治には、桜華の姿と己を逃がす手引きをした鬼がこれまでより強く重なった。
桜華としては、夢で兄が教えてくれた前世の本当の名を知ってから、自分で背負って闘う使命というものが見えてきたというのもあるのだろう。
その背負うモノが大きさゆえか、彼女の背中は使命感で奮い立つようで、昨日とは見違えるほど威厳をともない当主らしく見えた。
始終無言のまま、鋭い目のままでいる彼女に他の皆が心配もしたが、何かが彼女の中で変わったのだと思うにとどまる。
支度が終わり、桜華が宿の主人に挨拶をすると皆で外に出る。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
一昨日に助けた男児が、今日は母親を連れて門の前に待っていた。
昨日の話から、母親は産後間もない様子で、少しはやつれているものの、子どもの命を助けてくれた恩人に一言でも礼をと思いついてきたのだろう。
「慎吾をお助けいただき、本当にありがとうございました。」
そう言って頭を下げる女性を前にして、ようやく桜華の表情が和らいだ。
「おぉ!一昨日の坊やじゃん♪おっかさんとこ帰れてよかったな!」
まきをが二カッと笑って、乱暴に慎吾の頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。
「これね?お姉ちゃんとお兄ちゃん描いたの!!凄くかっこよかったもん!!」
差し出された紙には年齢相応の可愛らしい7人が描かれている。
恐らく昨日のあの時間帯くらいに人の出入りを見てそれらしい人を見つけては描いていたのだろう。
「キャーかわいい!!よく描けてる!!これ、貰っていいの?」
須磨が慎吾から絵を受け取ると他の妻たちと目を輝かせてみていた。
「うん!ぼく、いつかお姉ちゃんたちみたいに人を助ける人になるって決めたんだ!!
大事なことを教えてくれてありがとう!!」
そこに居合わせた皆の心を温かくする笑顔をみせるこの男児の心は純粋無垢で優しい。
皆が、その言葉を聞いて、改めて助かって、その者の笑顔を見れて良かったと思った。
「そして、お姉ちゃん。」
慎吾は桜華の前に出た。
「今日は元気そうで良かった。いつも、僕たちのためにありがとう。」
そういって差し出されたのは野花の花束だった。