第9章 月詠の子守唄
「鬼というのは臆病で愚かな一人の鬼が自分の保身のために、強さのために心が弱った人間を欺き鬼に変えてしまう。
そして、生きることを最優先にして敵わない相手を見つけては仲間も誇りも名誉も何もかも捨てて逃げるんだ。
わたしは強すぎた。同時に正しい決断が出来なかった。
そんな弱い自分をまだ今になっても引きずっている。
世の中がまだ鬼がいなくなる段階にないと、産屋敷当主と判断してわたしは君たちにしっかりと鬼を完全に滅する機会をつなぐために刀を握らないんだ。
彼らを引きずり出し完全に滅するには沢山の準備がいる。あちら側も動かねばならない。
今はそのどちらも揃っていない状況なんだよ。」
今になってどうして思い出したのか
どうして忘れてしまったのか
それについてはどう考えてもわかることは無い。
だけど、やっぱり狛治は判断を間違えてはいないし父も過去に同じことを考えていたのだと思えば少し嬉しい気持ちが湧く。
頭の整理がつかない。
倒れた本棚から溢れた情報のように整理出来ていない記憶が、今と過去を行ったり来たりする。
夢か現実か、今か過去か
でも、気持ちは不思議とスッキリしている。
体を起こせば意外と軽くて、隣で気持ちよさそうに眠る夫を撫でると寝言でわたしの名を呼ぶから嬉しい。
母が言っていた勾玉の模様があった右手を見る。
もうすっかり跡形も残ってはいないけど、不思議と力がみなぎる気がするの。
肌寒さを感じるようになった朝に菖蒲の羽織を肩にかけて東の窓を開ける。
暁月夜。
空が闇を押し退ける日を迎えようとする。
月がそれを見守るように佇んで
迎えくる秋風が
ただ、心の火を煽るように吹き荒ぶ。
まるで埋まらなかった魂の記憶のピースが音を立ててハマったのを感じると
わたしの奥底にあった強い何かが湧き上がるよう。
消えてなくなる闇をずっと睨みつけたまま
亡き家族と一族の繋いできた意志を心を想った。