第9章 月詠の子守唄
涙を流したくなるくらい
暖かで、懐かしい感触とにおいがする。
月夜の優しい風が
どうしてこうも胸を締め付けるのだろう。
「_____。」
わたしの近くで母と同じ声がする。
「よい…。私にはこの娘が、___。」
話している相手は父よりも低くしっかりとして深い慈愛の込められた声。
話し方がどこか現代ではない。
揺さぶられているこの感覚は、恐らくこの体が赤子の頃のわたしに関する何らかの記憶なのだろうか?
母は父の事を尊敬し、愛していた。
でも、それは現代の話。
だからって、わたしは生まれ変わりなんて信じていないし、この話もどこか他人のような気がしてならない。
何百年も生きた狛治からもそんな話は聞いたこともない。
それなのに、自分の足りない何かを埋めるような暖かい声と体温はなんなのか
もちろんこれは夢だ。
目覚めれば愛した人がいる。
なのに、こんなにも胸が苦しくて
涙腺が痛むのはどうして?
夢から目覚めたくてもそれをさせないこの感覚は何?
ふわふわした感覚から、急に重力が増したように視界が暗転し、別の声が聞こえた。
「_____。」
老いた声。どこまでも優しく心にしみわたる感じは父と似ている気がした。
涙を含んだような声でなにやら、その声が抱える深くて重い悲しみを包んであげたくなるようなそんな気持ちが湧き上がる。
大切な人。
それは恋人や夫婦でなくても家族に対しても当てはまる言葉。
わたしがどこかで物足りないと感じていたものが、ジグソーパズルの欠けたピースを埋め合わせるように魂が反応するのに、
理性がそれを許さない。
既成概念がそれを受け付けない。
どうしても苦しい。
罪に巻き込まれてこの身を縛るように。
どうしても気づきたくない。
罪の重さに押しつぶされてしまうようで.....。
狛治、もしあなたが言ったことが真実なら、
わたしは父に何を望まれた?
わたしはどうしたらいい?
暗い海をクラゲのように漂っている意識がゆっくりと浮上する。
すこしでも暖かい光を求めて。