第9章 月詠の子守唄
「桜華さん。桜華さん?」
意識が朧気に覚醒して聞こえるのは優しい声。
ぼやけた視界が晴れてくると、狛治とカナエさんの心配そうな表情が映る。
しっかり目覚めてくると、目が痛んで幾重にも涙で濡らした感触があった。
きっと夢を見ているときに流したものだろう。
「目を覚ましたか...。すまない。俺のせいだな.....。」
あぁ、そうか.....昨日はあのまま気を失って倒れてしまった。
それを心配して、カナエさんを呼んできてくれたんだろう。
「狛治は何も悪くないです。わたしの方こそ、途中で記憶がなくなってしまい、話を最後まで聞くことが出来ず申し訳ございませんでした。」
体を起こして2人に頭を下げると後ろから狛治に背を支えられた。
「なにか良くない夢を見られましたか?ずっと涙を流していらしたので....。」
カナエさんが、体温や血圧を測定しながら問診するように尋ねた。
「声......声だけでしたけど、聞いたことがない声なのに、哀しくて.....懐かしい思いになりました。
まるで、近しい人の声を聞くような.....でも、わたしの知らない人で、ずっと昔の人の話し方でした......。」
「そうでしたか....。他に感じたことはありますか?」
「まるで自分に話しかけているような、赤子のように揺さぶられている感覚がまるで実際に起きているほど鮮明で、最後に聞いた声の時は、死ぬ前かと思うほど体が重く感じました。」
カナエさんは狛治の方を伺いを立てるように目を合わせると
「実は、桜華さんが倒れられたあと、経緯をお話いただく中で色々聞かせていただきました。
恐らくですし、わたしにもハッキリと言えないところもありますが、それは前世に起きたことを思い出されている途中なのではと思います。
医術に携わるわたしが言うのもおかしな事ですが、
狛治様が今までご覧になられた夢と、関連性がなとは言いきれないのではと思います。」
日が高く昇った空から、秋晴れた風が頬をかすめて物悲しさを心に宿す。
目を伏せて、深く息を吐き出しながら心を落ち着かせた。
「前世.......もしそういうものがあるのでしたら、これから思い出すことはそう生易しいものではないのかもしれませんね。」