第19章 ドンキホーテ・ロシナンテ
何故かふとあの人の言葉を思い出した。
『"ミカヅキ島"ってとこにいる。名前は…いや、変わってるかもしれねェな。そうだな…足首の飾りが目印だ』
──ああ、そうか。
コイツに名前を付けたのはあんたか。
アウラという名を初めて聞いた時、どこかで聞いたことがあると思った。遠い昔、今は亡き故郷フレバンスにいた頃だ。
それは、当時夢中になって読んでいたヒーロー作品でたった一度だけ出てきた名だった。
主人公でもなければヒロインでもない。確か、物語の中盤に出てくる島の、一人の村娘の名がそれだった。
注意深く読んでねぇと、出てきたことすら忘れちまうような登場人物。特に何をするでも無い。脇役中の脇役。
小さな島でひっそりと、温かい家族に囲まれて、ただ満ち足りた生活を送っている様子が描かれていた。そんな姿が、今のコイツと重なる。
もう二度と会えなくても構わない。
忘れられても構わない。
それでも、この世界の何処かで幸せに生きているならそれで──。
そう望んで、あの人がこの名を付けたのだとしたら。コイツをここに置いて行ったんだとしたら。
金色に染め上げられた海が、次はゆっくりと藍に色を変えていく。その景色を、アウラはただずっと見つめていた。
『ね、やっぱりここからの眺めが一番素敵でしょう』
確かにそれは、無性に名残惜しく、忘れたくねぇと思うくらい綺麗な景色だった。
多分、俺はアウラが泣くから会いにきていたわけじゃ無かった。ただ、俺がコイツに会いたかったんだ。
コラさんとの約束はとうの昔に果たしている。
アウラはもう、誰かに追われて蹲ることはない。
それに気付いた時、漸くここを離れる決心がついた。
──その日を最後に、俺は島を去った。