第4章 四夜目.恋のかけら
—10小節目—
杞憂
ひとしきり笑ったエリは目に溜まった涙を指で拭った後、小切手をテーブルの上に置いた。そして、ボールペンと共にそれを壮五の方へ押し戻し告げる。
「え?あの…」
『あー、笑った。いやもう、小切手なんてドラマの中でしか見たことないですよ。それに、逢坂さんのさっきの台詞…!まるで悪役みたいで、ふふ…っ』
懸命に笑いを殺そうとするが、全く出来てないエリ。壮五はそんな彼女を前に、小さく小首を傾げる。すると頭の上にある双葉が、ほよんと揺れた。
『急に呼び出されて、怖い顔をした逢坂さんが詰めて来たときは、一体なに事だろうって緊張しまくってたのに。何か誤解をされてるだけだと分かった途端に気が緩んじゃいました。笑い過ぎましたよね。ごめんなさい』
「誤解?」
壮五は、ぱっと顔を上げた。そんな彼はいま、自分でも初めて気付いた。
本当はずっと、エリに否定して欲しかった。どんな言葉でも良いから、釈明して欲しかったのだ。
『逢坂さん、私が環くんのことを文秋に売ると思ったんじゃないですか?』
「……えっと」
今度は壮五が視線を泳がせる番であった。自分の憶測がどうやら図星を突いたのだと悟ったエリは、頬を膨らませ憤る。心外ですよ!とご立腹だ。
『でも、情報提供してくれって文秋の記者が話持ってきたのは本当』
「やっぱり、あれはそういう話し合いの場だったんですね」
エリは、見られてたんですねと呟き頬をかいた。
『職場には来るなって言ってるのに、あの人達ってどこかしらかから局内まで入り込んで来るんですよね。まるで、嫌われ者のあの黒い虫みたい』
そう言って笑うエリを見ていると、壮五の心は少し落ち着いた。