第4章 四夜目.恋のかけら
環は、エリを攫うように腕の中へ閉じ込めた。彼女の苦しそうな息遣いがすぐそばから聞こえて、初めて彼は腕の力を少しだけ緩める。
『た、環く…』
「えりりんは、いつも大人ぶって…。俺のこと、可愛い可愛いって言って頭撫でてさ。今こうなってるのだって、えりりんが悪いんだからな」
『え?』
「あんたが、軽々しく俺と密室なんかに入るから…」
いつもよりも近くで感じるエリの匂い。初めて触れた、柔かい身体。それらは環の正常な判断を、じわじわと奪っていく。
気が付けば、指先が彼女の顎先をすくっていた。
『駄目だよ、環くん。これ以上は、もう…戻れなくなってしまう』
どこへなりと、行ってしまえばいい。二人でなら、行き着く先がどこでもいい。まして、戻る場所なんてなくなっても構わない。
環はそう思ったが、ふと立ち止まる。
もしこの勢いで本能のままに行動を起こし、それが原因で二度とエリと笑い合えなくなってしまったら。エリの指先が、二度と自分に触れることがなくなってしまうとしたら。そんなのは、頭がおかしくなってしまう。
彼女が言う “戻れなくなる” は、もしかするとそういうことなのかもしれない。
「……ごめんなさい」
『ううん。分かってくれたなら、いいの』
環はゆっくりと腕の力を抜く。さきほどまでエリに触れていた部分だけが、やけに寒く感じた。
『私の方も、今までごめん。子供扱いしてたつもりはなかったんだけど、嫌な思いをさせちゃってたんだね』
「えー。自覚なかったのかよ…」
『ご、ごめんね』
「まぁ、いいけど」
環は、全然良くなさそうに唇をつんと上向けた。
『どうしたら許してくれる?私、環くんと仲直りがしたいな』
相変わらず、エリは大人びた態度である。それに甘えるのもどうかと環は思ったが、しかしこんな好機はまたとない。兼ねてからずっと思い描いていたお願いを進言してみることにした。
「じゃあ、俺のことアダ名で呼んで」
『あだ名で?』
「うん。俺はあんたのことえりりんって呼んでんじゃん。それなのに、そっちはずっと “環くん” だろ?だから、平等じゃない」
『ふ、ふふ。平等じゃないか。確かにそうかも』
エリは愉快そうに目を細めた。