第4章 四夜目.恋のかけら
エリが先導してやって来たのは、使われていない小会議室だった。二人きりになれるシチュエーションは非常にレアで、嬉しくないといえば嘘になる。しかしこのような密室に自分と二人でいるのに平然としているエリの様子が、面白くないのもまた事実であった。
『さっきはごめんね。環くんのセットをしてる途中で、別の人のところに行っちゃって』
環は、エリのあの行動を正しく理解していた。
収録までまだ時間のあった環。間も無く生番組に出演予定の千。他のスタッフの手が塞がっていたあの状況下では、後者を優先するのは当たり前だ。
だから答えるべきは…
“ いいよ。全部分かってた。えりりんは何も悪くない ”
である。で、あるのに。環の口は、心と全然違う言葉を紡ぎ出す。
「…えりりんが、ゆきりんの髪の毛触ってんの見たら、なんか嫌な気持ちがモヤモヤってなった」
『うん』
「俺の…。俺の、専属になればいいのにって思った」
『ん、そっか』
ただ気持ちが、零れ出る。溢れる。
「あんたのこと考えたら、ぎゅって心臓が痛くなって…辛くて、しんどい」
『そう。うん、じゃあ…。もうやめちゃえば、いいんじゃないかな…』
エリは、容易に突き放す言葉を吐いた。しかし、彼女の手は環の頭上に伸ばされる。髪を撫で付けるその手はひどく優しくて、優しくて…。ささくれ立った環の心を整える。
「やだ」
『嫌か…。そっか。じゃあ、どうしたら良いんだろうね。難しい、ね』
何も難しいことなどない。
ただこの腕の中で、エリが自分の為だけに頷いてくれれば良いのだから。