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十六夜の月【アイナナ短編集】

第4章 四夜目.恋のかけら




—7小節目—
決壊


環はメイク室の前で一人、うんうんと唸っていた。あんなふうに部屋を出てしまった手前、どんな顔をして戻れば良いか分からなかったのだ。
だがついに意を決し、ドアノブに手を掛けようとしたその瞬間。よりにもよって想い人が現れた。


「っ!!」

『あっ、た、環くん!』


反射的に踵を返す。こんな情け無い姿を、彼女に見られたくはない。しかし…


『環くん!待って』


エリが自分を呼ぶ声に、足は勝手に止まり、心は自然と彼女を求める。

ぴたりと立ち止まった環の背中に、エリは鼻頭を思い切りぶつけた。
痛そうに、赤くなった鼻の頭を押さえるエリ。申し訳なく思うのに、なんだかその姿が可愛くて、勝手に口元が緩んでしまう。


「ごめん…。なぁ、平気?痛い?冷やしたりとかする?」

『いや…、ありがとう、大丈夫。でも、環くん急に止まるんだもん。びっくりしちゃったよ』

「えりりんが、待ってって言ったんじゃん」

『ふふ。そっか』

「ん、そうだよ」


いかに自分がエリに抗えなくなっているか、これで多少は分かってくれたろうか。ほんの少しでもいいから伝わってくれてれば良いと、環は思った。


『ちょっとだけでいいんだけど、話す時間あるかな?』

「俺には、あるけど…」

「本当?よかった。私にもあるから、少し話そうか』


さきほどまで、メイク室にはあんなにも人が溢れていて忙しそうだったのだ。エリに時間的余裕がないことは、環にも容易く察することが出来た。

そんな多忙の中でも、自分のことを案じて時間を作ってくれている。その優しさに、甘えることしか出来ないのが悔しい。

エリと対等な立ち位置で居たい。大人の男して扱って欲しい。環は常々そう思っていた。しかしこんな有様ではそれは難しいのだろうと、自分が情けなくて歯痒かった。

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