第3章 三夜目.トライアングラー
—9小節目—
フォール イン ラブ
おにぎりやサンドイッチ等の販売を生業とする人間の朝は、総じて早いだろう。エリも例に漏れず、今日も朝からサラリーマンや学生達におにぎりを届けていた。
中崎屋は近所ではそれなりに評判が良く、多い時は日に五百を売り上げる時もあった。
しかし。好評なのは、エリの父と母が握ったおにぎりのみである。
今日もガラスケースの中で、一向に減らない俵のおにぎり。実は、これらは全て彼女が手掛けたものであった。
両親からコーナーの一角を任せてもらってからしばらく経つが、どれほど練習を重ねても、エリが握るおにぎりは三角形にはならなかった。目指していたのは、父や母が握るような “完璧” に整ったおにぎりであるというのに…
そう。エリは手先が壊滅的に不器用であった。
だがしかし。このコロンとした俵型と付き合っているうちに、彼女は三角形よりもこちらの方が好きになったのだ。完璧ではないかもしれないが、完璧にはない愛嬌を、このおにぎりから見出した。
今は大きさもまちまちだが、いつかは寸分違わぬ俵軍団を作れるようになってみせると意気込んでいる。
あとは勿論、具材の方にも余念はなかった。研究に研究を重ね、人の味覚を彼女なりに分析し、開発から調理まで全てエリが取り行っている。
しかし、結果はいつだって無残なもので…。
そう。エリは味覚が壊滅的に音痴であった。
そんな絶望的状況であるが、彼女は諦めなかった。もっと研鑽を積み、努力を怠らなければ、いつかきっと現れると信じていた。
“この俵おにぎり全部ください”
そう言ってくれる人が。
そして、その人はエリが思っていたよりも幾分早く現れることとなったのである。