第3章 三夜目.トライアングラー
エリは冷静を装ってこそいたが、頭の中はパニックに陥っていた。店始まって以来のカオスな雰囲気。というか、もう店など関係なくこんなに気不味い空気は人生初めてであった。
しかし。いま一番気不味いのは、きっと自分ではないだろう。三月の心中は、慮るに容易かった。
『ん…、んーと。なんか、少し前から耳が急に聞こえにくくなってたっていうか…!あっ!もしかしたらさっき、おにぎりを作ってる時に耳の中に米粒が入っちゃったのかもしれないなぁ!』
「なにそれ…ヤバくね?どんな握り方したら、んなことなんの」
環は、エリの心遣いを見事に踏み抜いた!
『と、とにかく!和泉さん!私、急な難聴に見舞われたのでさっきのは何も聞こえてませ』
「っはは!いや、もういいって!そんな気使ってくんなくても。っていうか、嘘つくのが下手とかいうレベル越えてるから!」
三月は、腹を抱えて豪快に笑った。その笑顔を見て、ほっとしたのも束の間。三月は、顔を上げてふっと表情を消した。
「いいんだ。本当に。もう、全部やめるから」
何を、やめるんですか。
そう聞こうかと思ったが、声が出なかった。エリは怖かったのだ。無表情な彼が下した決断を知ることが。
「みっきー!ごめんな、俺が空気読めないこと言ったから!謝るから、謝るからさ、やめるとか言うなよ!」
「和泉、お前…。また逃げ」
「逃げるのも、人のせいにすんのも。もう全部やめだ」
三月は、言ってからエリの手を握った。
「あんたを困らせるかもしれねえけど、オレの気持ち…聞いてくれるかな。中崎さ…、いや。エリ」