第38章 利休の匣〜2026信長誕生祭〜
「全く…御館様も少しは加減というものを…」
秀吉が言い終える前に、今度は光秀がくくっ、と喉を鳴らした。
「よいではないか、秀吉。せっかくの祝いの席だ。主のお楽しみに水を差すのは野暮というもの」
「お前まで無責任なことを……」
呆れ返る秀吉を横目に、宴席はますます賑わいを増していく。
酒が注がれ、舞が披露され、笑い声が広間中に響いていた。
その中心で、信長は朱里を抱き寄せ、自身の膝の上に座らせて悠然と盃を傾けている。
(こんなにたくさんの人の前なのに……)
朱里は恥ずかしさのあまり熱くなった頬を隠すように俯いた。
独占欲を見せつけるような信長の振る舞いに戸惑いながらも、その腕の中は温かく離れ難かった。
「どうした、朱里?顔が赤いぞ」
低く甘い声が耳奥へ注がれる。唇が触れそうな距離で顔を覗き込まれ、羞恥に身を震わせた。
「もぅ…誰のせいだと思ってるんですか」
困ったように睨んでみせるが、信長は全く気にする様子もなく面白そうに目を細めた。
「貴様が愛らしいのが悪い」
甘く囁かれ、髪にちゅっ、と口付けが落ちる。
「っ、やっ…信長さまっ…それ以上は…」
その様子を見た家臣達がまた沸き立った。広間は割れんばかりの歓声に包まれる。
「おおーっ!」
「今宵はよい夜になりそうですなぁ!」
「今宵も、だろ?」
「違いない!はぁー、熱い熱い!」
「お前ら…いい加減にしろ!!」
ついに秀吉の雷が落ちるが、誰も堪えた様子はない。
政宗は腹を抱えて笑っているし、家康は視線を逸らし、呆れたように溜め息を吐いている。
賑やかな声に囲まれながら、朱里はそっと顔を上げた。
目の前には、いつもより柔らかく笑う信長の姿。
それは、天下人としての威厳に満ちた顔ではなく、自分を祝う多くの家臣達に囲まれて、ゆったりと寛ぐ一人の男の顔だった。
「信長様、お誕生日おめでとうございます」
温かな胸元に顔を埋め、小さく告げると、信長は一瞬だけ目を見開き、やがて優しく微笑む。
「……ああ」
その声は、これまでにないくらい穏やかなものだった。