第38章 利休の匣〜2026信長誕生祭〜
「……御館様、何をお考えですか?」
秀吉は嫌な予感を感じ、背筋をひやりと冷たいものが走った。
信長はちらりと秀吉を見遣り、にやりと口角を上げた。
「眺めているだけではつまらん。試してみねば分からぬであろう」
「何が分からぬのです!?」
「似合うかどうか、だ」
「誰にですか!!」
秀吉の悲鳴にも似た大声が天主に響くが、信長は悠然と脇息に身を委ね、ゆったりと答える。
「決まっておろう。朱里にだ」
予想通りの言葉に、秀吉はがっくりと肩を落とした。
御館様がこういう顔をされた時は、絶対に止められない。
長年仕えて来た経験から、嫌というほどそれを理解している秀吉であった。
「……ご冗談を」
「冗談ではない。面白き趣向であろう?」
「お、面白いなどとお戯れを…っ、朱里がこれを…?」
「……貴様、今、何を想像した?」
「な、何も!何も想像などしておりません!断じて!」
信長は慌てる秀吉を見てくつくつと笑いながら、手の内の布へと視線を落とした。
深紅の結び紐。
薄絹の飾り布。
金糸で細々と刺繍された異国の花模様。
美しく、妖艶であり、衣でありながら肌を隠すためのものではなく、むしろ魅せるために作られているのが分かる。
「利休の奴、“南蛮では男から愛しい女へ艶めいた衣を贈る風習がございます”などと書いておるぞ」
箱の中に同封してあったらしく、信長は利休からの文をひらひらと秀吉に見せつける。
「絶対に嘘でございましょう!」
「さてな」
信長は笑いながら楽しげに目を細めた。
「だが、男が女に衣を贈る理由…それは一つしかない」
「おやめ下さい、御館様」
秀吉は頭を抱えた。
脳裏に浮かぶのは、何も知らぬまま信長にこれを贈られる朱里の姿だ。きっと箱の中身を見た瞬間、顔を真っ赤にして固まるに違いない。そうして恥じらいながらも、信長に請われるまま朱里はこの衣を纏うのだろう。信長は、その反応を愉しむ気満々である。
(この艶めかしい衣を着させて、その後は…)
新しきものは、いつも信長を飽きさせない。
(己の生まれ日など、毎年変わり映えせぬものだと思っていたが、思わぬ贈り物のおかげで今年は退屈せずに済みそうだ)