第38章 利休の匣〜2026信長誕生祭〜
新緑の青葉も目に眩しい皐月の頃
この月の十二日は大坂城城主、織田信長の生まれ日である。
月の初めから祝文や祝いの品が日ノ本各地から届き始め、今や置き場所に困るほどになっていた。
「奥方様、これはどちらに置きましょうか?」
「これは御館様に見ていただいた方が良いでしょうか?」
「奥方様、これは…」
次々と運び込まれる祝いの品に、朝から目が回るほどの忙しさである。信長の正室である朱里は奥の差配を任されていることもあり、毎年、祝いの品を見聞する秀吉の手伝いをしていて、ここ数日はゆっくりと座っている暇もなかった。
(次から次へと…キリがない。毎年のことだけど本当に大変だわ)
「朱里、悪い。こっち、いいか?」
「はい!」
秀吉の呼びかけに急いで駆け寄ると、秀吉は大きな箱の贈り物を検分しているところだった。
「随分と大きな箱ね。どちらからの贈り物?」
「これは…利休からだな」
「利休って…えっ、あの千利休様?茶人の?」
驚きの声を上げる朱里に対して、秀吉はどことなく浮かない顔だ。
いや、浮かないというよりは寧ろ、苦虫を噛み潰したような苦々しい顔といった方がいいだろう。
「あいつ、一体どういうつもりだ?」
秀吉はぼそりと呟きながら、困惑したように箱を眺めやった。
「秀吉さん、信長様は利休様と親しい間柄なの?今まで聞いたことなかったけど」
信長は茶の湯に造詣が深く、堺の会合衆でもある今井宗久から茶を学んでいる。宗久は信長の茶の湯の師であるとともに商人でもあり、織田家の軍事、経済両面での重要な取引相手でもあった。
宗久と同じく利休も堺の商人であるが、これまで信長の口から利休の名を聞いた記憶はなかった。
「いや…まぁ、何というか…」
秀吉はどうも歯切れが悪い。朱里は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうかと不安そうに秀吉の顔色を窺う。
(利休様といえば、斬新な茶の湯で名が知られた御方よね。茶席に招待されたい者が引を切らないと聞いたことがあるわ)
「利休様から信長様への贈り物となると、やはり茶道具でしょうか?」
「………」
著名な茶人からの贈り物に興味津々の朱里に対して、秀吉はいまだ不審そうに箱をじろじろと調べていたが、やがて意を決したように蓋に手を掛けた。
「っ…これは…」