第33章 ハッピーイースター〜春待ちて
「全く…騒がしい奴等め」
それまで黙って私達の話を聞いておられた信長様だが、困り果てた私の視線を受けると、呆れたような苦笑いを溢された。
「これは…ご無礼を致しました。主君よりの褒美を詮索するなど家臣にあるまじき浅ましき行為…お許し下さい」
信長様の一声にピシっと居住まいを正した秀吉さんは、仰々しく頭を下げる。
「はぁ…秀吉、貴様は生真面目過ぎてつまらん。このようなこと、それほどに大騒ぎすることでもないと思うが…。俺は約束は違えん。二人ともに褒美は用意してある」
信長の威厳に満ちた言い様に、おおっ、とその場にどよめきが走る。
(えっ…あ、そうなんだ。てっきり昨夜のアレが本気でご褒美かと思ってた…って、私ったら何考えてるんだろう。さすがにそれはないか…あれは信長様の冗談だったんだ)
勝手な勘違いで慌てていた自分が恥ずかしくなり、何とも落ち着かない気持ちでいる間にも、信長様は傍に控えていた年若い小姓に何事か命じられている。
信長様の命を真剣な表情で聞いていた小姓はさっと立ち上がって広間を出て行ったが、暫くして戻って来ると、その手には袱紗が掛けられた黒漆塗りの広蓋を持っており、それを信長様の前に恭しく差し出した。
信長様は家康を正面に呼び、小姓に命じて私と家康の前に広蓋を置かせると、掛かっている袱紗を取るように指示した。
「わぁ…」
中央に織田木瓜紋が入った黒漆塗りの広蓋の上には、小さな白瑪瑙(シロメノウ)の根付が二つ乗っていた。
(可愛いっ…これ、ウサギかな?)
白瑪瑙は半透明の清らかな白色で、とろりとした蝋のような艶を持つ天然石である。
瑪瑙は仏教では七宝の一つとされており、縞模様が特徴的な石でその色合いも紅玉、碧玉、様々あるが、中でも白瑪瑙は希少価値の高い宝石であった。
根付は、巾着などの小物を帯に挟んで持ち歩く際に落とさないようにするための道具である。
小物の紐に取り付けて帯の下から上へと挟み込んで根付を帯の上から出すことで小物などが落ちないような仕掛けになった道具であるが、様々な細工を施した根付は帯を飾る装飾品としても好まれていた。
根付は身だしなみを気にする武家の女子は勿論のこと、男の武将達でも日常使うものだった。
目の前の二つの根付はどちらも組紐の先に白瑪瑙がウサギの形に細工されたものが飾られていた。
