第9章 風柱と那田蜘蛛山
杏寿郎の視線が刀に向けられている事に気付き気まずそうに視線をさまよわせるが、開き直ったかのように
「普通の刃物では鬼の頸を斬れんだろう!……早く行かんか!!いつまで突っ立っておる!」
と怒鳴られてしまった。
だが、いつまでもここで油を売っている時間もないので、杏寿郎はそれに従う事にする。
「では行ってまいります!父上、この家の者を頼みます」
槇寿郎はそっぽを向いてしまっているが、左の手をヒラヒラと振っている。
それを合図に杏寿郎は身を翻して元来た道に足を踏み出し全力で駆けて行くも、大きな声が背中にむけられた。
「杏寿郎!無事に帰ってこい、必ずだ!」
その声には切実な願いが込められていた。
戦地へと赴く息子に対しての、心からの願い。
鬼殺隊に属する者の命は呆気なく一瞬で脆く崩れ去っていく事を槇寿郎は誰よりも知っている。
だからこそ掛けられた言葉。
今までも家族らしさを取り戻してからは送り出してはくれていたが、このような声は初めてだった。
それはやはり今の更紗の著しく芳しくない容態が関係しているだろう。
苦しげな表情を思い出すと胸に鋭い痛みが走るが、今は感傷に浸るのではなく父親を安心させることが先決だと心を奮い立たせる。
「はい、必ず帰ります!父上もご無事で!」
距離が離れつつあり声が届いたのかは分からなかったが、あらん限りの声を張って父親へそう返し、日が落ち暗くなった町中へと姿を消して行った。