第23章 上弦と力
杏寿郎が全幅の信頼を自分に寄せてくれるように、誰よりも多く近くで杏寿郎の強さを見てきた更紗の信頼はそれをも上回る。
更紗は嬉しそうに微笑み、凍っていない左手で鞄の中から造血薬を2本取り出して、杏寿郎の右側へ素早く移動した。
「今の私では全力で移動出来ませんので、次に仏像の攻撃が止んだ瞬間に、私の背を杏寿郎君の持てる力全てを使って押してください。後は自分でどうにかしてみせます」
「その左手に握られている物が俺の不安を掻き立てるが……分かった!背は押してやるから、必ず2人生きて俺の元に戻って来い!いいな?!」
造血薬に若干眉をひそませたが、杏寿郎は更紗を信じて視線を仏像に向けたまま笑顔で答え、小さな背に手を当てた。
「もちろんです!命も体も犠牲にしません!では、行ってまいります!」
仏像の攻撃が途切れたと同時に杏寿郎は左脚に力を込めた更紗の背を、鬼へ向かってほぼ投げ飛ばす勢いで押してやった。
「嘴平少年!怪我は一切気にせず突っ込め!更紗が全力で援護する!」
「……おう!今度こそ頸斬ってくるから待ってろ!」
2度目となる威勢のいい伊之助の返答に満足気に頷くと、杏寿郎は自分の成すべきことへと戻り、仏像の攻撃を全て受け持つことに尽力した。