第23章 上弦と力
「更紗の元へ行かせるわけがないだろう」
杏寿郎が鬼の膝より下を切り落としたからだ。
やはり赫刀で斬った足の再生は遅く、まだ完全に治ってはいない。
「面倒だなぁ。でもさ、俺が行かなくても来てもらう分にはいいよね?更紗ちゃん、自分を苦しめ続けた輩を手にかけた時でさえ、涙を流すほどに優しい子って知ってるんだ」
「何?何を……」
鬼は厭な笑みを浮かべ自らの頸を守るように扇を広げると、大きく息を吸い込んだ。
「俺さぁ、しのぶちゃんのお姉さんとこの子の母親殺したんだよねー!聞こえたかなぁ?更紗ちゃん」
人の生き死に敏感な更紗の耳に、この言葉は確実に届いていた。
人形2体相手に動き続けていた体を止めたのがその証拠である。
3人に対して背を向けているので更紗の表情までは見えないが、その背からはとてつもない悲しみと怒りが滲み出ている。
「どうして……」
「ん?聞こえなった?俺が殺したの。君の大切な人の家族を」
明らかに纏う空気を変えた更紗を落ち着かせようと杏寿郎が口を開いた瞬間、何かが割れる音と床に満たされた水の中に何かが落ちる音が鳴り響いた。