第20章 柱稽古とお館様
杏寿郎の声までは届いていない……と言うよりも杏寿郎は2人に声が聞こえないように配慮して声量を調整していたのだが、更紗の放った衝撃的な言葉は、この部屋にいる2人の耳にしっかり届いていたのだ。
「もしや……私の声が聞こえて……?」
盆に乗った湯呑みがカタカタと音を出して震え、あと少し更紗の震えが大きくなれば間違いなく盆から落下するだろう。
それに気付いた千寿郎は慌てて立ち上がり、動揺する更紗から盆を受け取った。
「僕はお2人が仲良く過ごされていることに安心しました!ね、ねぇ、父上!」
千寿郎の優しさが嬉しい反面、やはり自分の言葉が聞かれていた事実が恥ずかしくもあり、槇寿郎に叱られるのではと涙目で様子を伺うと……顔を真っ赤にして視線を逸らされてしまった。
「あ、あぁ。仲が良くて何よりだが……」
流石に少し窘めようかと更紗に視線を戻すと、今度は槇寿郎が動揺し、慰める羽目となる。
「い、いいのだ!泣かないでくれ!俺も千寿郎も少し驚いただけだからな!君を悲しませるために来たのではない、祝いに来たんだ……だから笑ってくれ。もう何を聞いたか忘れた!千寿郎も忘れたので、何も悲しむ必要はない!」