第20章 柱稽古とお館様
すぐに離れてしまうのではと不安になるほど僅かに触れるだけの口付けだが、更紗から離れる気配は見受けられない。
いつもの杏寿郎ならそれ以上を求めたくなっていただろうが、更紗の優しさや健気さが心の中を温かなもので溢れさせ、なんとも満ち足りた気持ちとなった。
「更紗、自分でも驚くほど今幸せだ」
触れていた唇を離す代わりに杏寿郎が更紗の額へコツンと自らの額を当てると、周りの者も巻き込んで笑顔にしてしまうフワリとした笑顔が更紗の顔を満たした。
「私もです。私ね、杏寿郎君が思っているより私は杏寿郎君が大好き。でも言葉だけじゃ不安になる時もあるから、杏寿郎君が不安になった時はこうして何度でも口付けをします」
柔らかく弧を描く赫い瞳は澄んでおり、一切の嘘偽りを映していない。
「君の包容力は計り知れないな。では更紗が不安になった時は抱きしめて口付けをしよう。大好きだと伝わるように」
今の更紗に不安はないと理解しつつも言葉を体現させると、安心感からか力の入っていたなかった更紗の体から更に力が抜けた。
もう少しここまま互いの温かさに身を委ねていたかったが、今は柱稽古の合間の僅かな昼休憩。
義勇や剣士たちを待たせすぎるのも憚られたので、当初の目的の丼鉢をありったけ抱え……微妙な雰囲気の残る居間へと戻っていった。