第20章 柱稽古とお館様
「そこにいるのは月神か?……泣いているのか?」
「悲鳴嶼……様?!このような奇妙な格好をお許しください。急ぎ伝えなくてはいけないことが」
言葉の途中で突如浮遊感にみまわれ、何が起こったのかと認識する頃には更紗は行冥に片腕で抱え上げられ廊下を移動していた。
「本来は月神が落ち着くまで待ってやるべきなのだろうが、急を要する事態が起きたと判断した。苦しいかもしれぬが暫し我慢してくれ」
荷物のように片腕でプラプラ運ばれているが、むしろ更紗の方は行冥に運ばせてしまっている現状に申し訳なさでいっぱいになっている。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。情けないことに腰が抜けてしまいまして……」
これ以上情けない姿を見せられないと思った更紗はヒラヒラ揺れる袂から小ぶりの手拭いを取り出し、顔に流れる汗や涙を荒々しく拭いとった。
「もう大丈夫です!足腰に力が戻ったので自力で歩けます」
キリッとした表情を行冥へ向けるが、泣いたことにより目が充血しているので少し情けない表情だ。
そんな更紗の顔を見て行冥は困ったように眉を下げて笑う。
「落ち着いたならば何よりだ。しかしもう居間に到着した」
抱えられたまま顔を前へ向けると、行冥の言葉通り居間へ繋がる襖の前だった。