第1章 せめてこのぬくもりを俺だけのものに/ゲーデ夢(TOW2)
「ゲーデ」
ゆらりゆらり。
静かに波打つ海を見つめていれば、背後から俺の名を呼ぶ声が。凛と透き通り心地良く耳に馴染んで消えていく音に、慣れない感覚だと目を細めた。慣れない。だが嫌じゃない。あれほどまでに憎かったはずのその声が、その存在が、今ではどうだろう。憎悪のカケラでさえ粉砕され俺の中には何も残っていなかった。
「何だ、ディセンダー」
「……「ディセンダー」、じゃなくって、名前で呼んでって前に言ったと思うんだけどな」
「そうだったか」
「しらばっくれて」
「悪いな」
思ってもないくせに、と唇を尖らせて不満げに呟くディセンダーは俺の隣へと足を運ぶ。そして、「海、綺麗だね」と打って変わって笑顔を見せた。まるで日差しを受け乱反射させるこの海のようだ。きらきらと眩しくて、けれど目を放せない。「だな」、とぶっきらぼうに答える俺の返事にまたディセンダーは笑うのだ。楽しそうに、くすくすと。
おかしな話だ、とは自分でも思う。
人間を憎み、世界を憎み、そしてこのディセンダーを憎んだ、昔の自分。同じものから生まれたはずなのにまるで正反対の俺たちは、幾度か敵対し、最終的に敗れたのはこの俺で。
ああ、きっとこれで消えるんだ。消えてしまえるんだ。
世界樹の中で朧げに浮かんだのはそんな感想だったのを覚えている。
人間が、世界が、ディセンダーが。憎くて憎くてしかたがなかった。消えるために生まれることをただただ繰り返すだけの存在。そしてそれをどうすることも出来ない自分が何より憎く、恨めしかった。
だからあれは安堵だったのかもしれない。もう誰も憎まなくていいのだと。ディセンダーを憎まなくていいのだと。
そんな俺が、今、消えることなく姿を保ちながらディセンダーの傍らにいるのだ。
あまつさえ、過去に敵対していた奴らの本拠地といえる船「バンエルティア号」でディセンダーやその他とともに暮らしている。
「……本当に、おかしな話だな」
さざ波の音にさえ掻き消えてしまいそうな俺の声に、ディセンダーは聞き取れたのか首を傾げ復唱する。胸中に広がるなんとも言えないむず痒さと痺れは、可愛いと思う感情なのか。
それをディセンダーに悟られたくはないから表面上には決して出す気はないけれど。
緩みそうになる口許を引き締め、ディセンダーを見遣る。
