第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
『フォークダンスはお気に召さないと…。では、何か適当に踊ってみましょうか』
「え、適当に って」
彼は、徐に辺りを見回した。そして、ステージ上にいるダンサーをその瞳に捉えた。
DJの後ろで、激しく踊る彼らを見つめ続ける。
「ふふ、烏龍王子、棒立ちじゃん。かわいいー」
「初めてなのかな?」
「緊張しちゃってるのかも!お姉さんが手解きしてあげたーい」
そんな声が聞こえた時、彼は突然激しいステップを踏み始めた。
膝を伸ばして斜め下にキック。スピーディに膝から下の足を後ろに引く。腕は、下から前後に振ったり、肘を曲げて頭の高さから前後に振ったり。これを片足でジャンプしながら繰り返す。
いま流れるテンポが速い曲に、彼のダンスがピッタリと合っている。
「王子見て!やばいんだけど!」
「プロ並み上手すぎ!」
「やだぁ、もう何であんなにカッコいいのー!」
「え、ちょ…踊ったこと、ないって…言ってましたよね」
彼はステップを止め、乱れた髪をかきあげた。そして、私を見下げて首を傾げた。
『えぇ。だから、ステージで踊ってるダンサーの真似をしてみただけです。
変でした?』
「と、とんでもない、です。でも、フロアでそんなガチガチに踊る人は、あまりいないんじゃ…」
『…そうですか。加減が難しいですね』
彼は、顎に手をやって考え込んでしまった。なんだかその真剣さが可愛い。私は自然に話し掛けていた。
「でも、凄いダンスでしたね。もしかして貴方は、プロのダンサーさんだったりしますか?
一体、どんなお仕事を…」
『ダンサーでは、ないですよ』
「…そ…う、ですか」
顔は、今までと変わらない優しい笑顔が浮かんでいたのだが。口から出た言葉からは、たしかに感じられた。
それ以上は、こちらに踏み込んで来ないでくれ。
と。