第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
王子が手を差し伸べたのは、姫でも 貴族の美しい娘でもなかった。
彼が優しく見つめたのは、ただの 野暮ったい町娘だったのだ。
手を取り合う私達を見た周りの女の子達は、驚きの声や、羨望の言葉を漏らした。
それが聞こえた途端、私は急いで彼から手を引く。
『…周りの声や視線が、気になりますか?』
「!!
そう…ですね。少し」
咄嗟に答えてしまったが、少し なんてものではない。それは、私が1番苦手としているものだ。
きっと、こんな嘘は彼なら簡単に見抜いているだろう。しかし、私を咎める事ひとつせず、彼はまた綺麗に笑ってみせた。
そして、私の手を取って歩き出す。向かったのは、なんとフロアの中心だ。
「え、ちょっ、どこに」
『周りの視線なんて、慣れてしまえばいい。それに、自分に自信が出てくれば すぐに気にならなくなりますよ。
さぁ、ダンスフロア中の視線を 攫ってしまいましょうか』
ぐいっと腰を引かれれば、彼の端正な顔が目の前に迫る。
思わず、ひぇ という情けない声が口をついて出た。
「えっ、ヤバ!烏龍王子じゃん!何、フロアに立つの初めてじゃね?!」
「踊るのかな!?っていうか、隣の女…釣り合ってなくない?」
「ほんとだぁー。じゃあ私でいいじゃん、一緒に踊ってくんないかなぁ」
左を見ても、右を見ても、こちらに注目している人、人、人。
腕を上げ体をくねらせながらも、全員がこちらを意識しているのは明白だった。
それを知ってか知らずか…いや、この男は絶対に気付いている。分かっていて、私をさらに強く引き寄せるのだ。
まるで、わざと注目を集めているように。
『行き勇んでフロアに出て来たのは良いですが…実は私、クラブで踊った事ってないんですよね』
「え、えぇ!?わ、私もですよ!どうするんですか、この後!」
『はは。とりあえず、フォークダンスでも踊ってみます?』
「クラブでそれはおかしいと思います!!」