第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
『でも、ダンスは少しだけ得意です。だから、貴女にも簡単に出来るステップを教えて差し上げましょう』
「え、ほんとですか?」
『ええ。その名も、クラブステップ。どうです?クラブで踏むにはうってつけの名前だと思いませんか?』
そう言って、彼は懇切丁寧にそのステップを指導してくれた。
当然、その間もクラブミュージックは鳴り続けているわけで。音楽に言葉を打ち消されてしまわないよう、彼は私の耳元に唇を寄せる。
甘い声が耳で鳴る その度にドキドキして、正直ステップを覚えるどころではなかった。
それから。私は気付いていなかったのだが…いつの間にか、周りの視線が集まっている事など 忘れてしまっていた。
彼の方へ意識が行っているのと、ステップを覚えなければという、2つの理由からだろう。
とにかく私は久しぶりに、周りを気にする事なく息が出来ていた。
「で、出来てますかっ、」
『85点、くらいでしょうか』
「う…厳しいです」
『ふふ、冗談です。十分出来ていますよ』
「本当ですか!?やったぁ、ありがとうございます」
気が付いたら、私は自然に笑えるようになっていた。勝手に笑みがこぼれるなんて、自分でも信じられない。
ステップをひとつ覚えた事で、少しはここに立っていても良いのだと思えた。
しかし…
「でも…」
『でも?』
「見た目が、変わったわけじゃ ないんですよね」
いくらクラブで踊れるようになったって、周りの視線を気にしないようになれたって、この 私の顔面が良くなったわけではないのだから。
『…そんなに、自分の顔が お嫌いですか?』
「嫌いですよ。こんな…、まるで 神様が左手で書いたみたいな顔」
『…神様が、左手で…。
っ、…ふ、…ふふ、っ』
「あ!酷い!人が真剣に悩んでる事を笑うなんて!」
『す、すみません…、ちょっと、ツボってしまって。ふふ、そうですか…貴女は、そんなふうに考えているんですね』