第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
「お酒、お好きなんですね。意外でした…。
いつも烏龍茶なので、お酒が飲めないのかと」
『飲めないのではなく、飲まないんですよ。
お酒を飲む所は、決めてあるので。美味しいカクテルを出す店があるんですよ』
なんとなく、どこですか?とは聞けなかった。なんだか彼には、深く踏み込んではいけない気がしたから。
私は咄嗟に話題を変える。
「まだ、御礼を言っていませんでしたね…。あの、ありがとうございます」
『いえ。女性は飲み物、無料らしいので。私は自分の分しか金銭を支払っていませんよ』
「あぁいえ、カシスソーダの事ではなく…」
『飲み物を持って来た以外に、私は御礼を言われるような事はしていませんよ』
言いながら彼は、ジンジャエールの中に 飾り切りされたライムを落とした。
みるみるうちに、それは液体の中で泡に包まれる。
生まれては上がり、生まれては上がる泡。それらはやがて、水面に触れ儚く消えていく。そんなグラスの中の様子を見つめながら、私は気になっていた疑問を口にする。
「どうして、私に声をかけたんですか。わざわざ 私、なんかを…」
べつに、期待していたわけではない。彼が、本当に私を素敵な女性だと思ったなんて。あり得ないから。
でも、どうしても気になったのだ。何故、ただ隣に居合わせただけの私を 助けようと思ったのか。
どうして、私を選んだんですか。
どうして、私の腕をとったんですか。
どうして、私を
見つけたんですか。
『…腹が、立ったから』
「え?」
『貴女を自分の所有物のように扱う友人に。
見る目のない、馬鹿な男達に』
「あ…。でも、それは…私が、悪いんです。気が弱くて、見た目も良くな」
『それと、自分の事を卑下する貴女に』
ナイフのような鋭い視線に、思わず身震いした。
人に嫌われる事など、とっくに慣れきっていたと思っていたのに。
何故だか彼に嫌われると思うと、凄く怖くて、心から恐ろしいと感じた。