第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
『どうぞ』
「あ、ありがとうございま…」
思わず、受け取った飲み物を落としそうになってしまった。その理由は…
彼が自分用に手にしている飲み物が、烏龍茶ではなかったからだ。
私がそれを見つめて固まっていると、何かを察した彼がはにかんだ。
『ジンジャエールです。私、天邪鬼なんですよね』
烏龍茶しか飲まない。そう言われていると知った途端、ジンジャエールを注文した彼は、たしかに天邪鬼かもしれない。
「生姜王子…」
『アイスミルクを頼んで “ 牛乳王子 ” も捨てがたくないです?』
私達は、顔を見合わせて笑った。
いつぶりだろうか。こんなに、お腹の底から笑ったのは。胸が温かくなって、体が軽くなる。
笑顔は、私をこんな幸せにしてくれるのだと。久しぶりに思い出した。
笑ったら、喉が渇いていた事を思い出す。
私は彼から受け取った飲み物に、ようやく口を付けた。
爽やかな炭酸の刺激の後に、ほのかに甘いカシスが鼻に抜けていく。
『カシスソーダです。
ちなみにカクテル言葉は “ あなたは魅力的 ” 』
「キ…キザ過ぎやしませんか…っ」
『おや。お気に召しませんでしたか』
「味は…美味しいです、それに カクテル言葉?っていうのも面白いですね。
そんな物があるなんて私、知りませんでした。花言葉、みたいなものですか?」
『はい。
その時その時に、自分が飲みたいカクテルを 味で選ぶのも勿論良いと思いますが。
私は、気分で選ぶんです。今の気分を、カクテル言葉に合わせて。
もしご興味がおありなら、ぜひ他の物も調べてみて下さい。
それでいつか、カクテル言葉に則ってお酒を選べるようになれば、きっと楽しいですよ』