第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
身体中の水分が全て無くなる寸前まで泣いた。と、いうのは大袈裟だろうが。
彼はまるでそれを見抜いたように言った。
『それだけ泣けば、喉が渇いたでしょう。何か飲み物を貰いに行きましょうか』
「はい…。あ、でも 私なんかと一緒にいるのは、恥かしくないですか?」
『何を馬鹿なことを』
「貴方の隣にいるべきなのは、お姫様みたいな女の子でしょう?
だって、烏龍王子は、王子様なんだから…」
『は?』
どうやら彼は、自分が周りから烏龍王子と呼ばれているのを知らなかったらしい。
私が、どうしてそう認知されるようになったかを伝えると、彼は眉根を寄せて独り言のように呟いた。
『黒王子の次は、烏龍王子…』
「え?」
『あぁいえ、こちらの話です。
それで、何を飲まれますか?仰っていただければ、私が持ってきますよ』
私は、頭を悩ませた。
お酒の名前が、パッと出てこなかったからだ。
実は、いつもは彼女が私の分も勝手に注文していたから。
私に注文をさせると、その優柔不断っぷりにイライラする。と、かつて言われた事があった。
『…カシス、お好きですか?』
「え、あ。はい、好きです…」
『では、私のオススメを持ってきましょう。そんなに強くないカクテルなので、安心して待っていて下さい』
と。彼は微笑みを1つ置いてから、バーカウンターへと消えていった。
「どうして…私がお酒の名前ほとんど知らないって、気付いたんだろう」
壁に背中を預けて零した言葉は、誰にも受け取られる事なく消えていった。